古代史歳代の謎が時明かされつつあります

邪馬台国は、やはり畿内というのが有力なんでしょうね。
奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡で大型建物跡が発見されて、
ますます有力になりました。

魏志倭人伝の解釈や発掘調査、科学の力を駆使した研究の積み重ねによって、
邪馬台国はどこにあったのかという古代史歳代の謎が時明かされつつあります。

邪馬台国の畿内説が今回の発見で有力になったのですが、
元々畿内説を提唱していた大阪府立近つ飛鳥博物館館長の白石太一郎氏は
「だんだん決着に近づいてきた」と意気揚揚と話しているそうです。

ここ20年の間、纒向遺跡では桜井市教委を中心に最古級の古墳などの
調査を精力的に進めてきました。
それまではこの遺跡にある建造物は4世紀のものだと思われていたのですが、
木の年輪幅の違いから割り出す年輪年代測定法で新たに調べた直したところ、
3世紀の邪馬台国時代にこの遺跡が作られたものだという可能性が
高くなってきたそうです。

邪馬台国が近畿にあったと確定すると長年の九州説と近畿説の
論争も終止符を打たれる事になります。

そうなるとこの場所も有名な観光地へと変わってしまうのでしょうか。
でも、貴重な遺跡ですから、現状を維持できるように、
きちんと保存できる仕組みが大切です。
古代の生活様式を知る、貴重な遺跡ですから。